Friday, November 16, 2018

title pic 創作を交えた

Posted by JD on 2014年8月7日

理由に間違ったという頓珍漢の発言こそ問題。嘘に嘘を重ねた結果 、
まずは1973年、千田夏光が双葉社より発行した

『従軍慰安婦声なき女八万人の告発』翌年の『続・従軍慰安婦』が始まりです。
戦時中『従軍看護婦、記者』はありましたが、従軍慰安婦という言葉はこの時つくられた造語なんです。
そして唯一軍人で慰安婦狩りをしたという1983年吉田清治の本、『私の戦争犯罪』 この本をもとに福島瑞穂、青柳敦子、高木健一らは韓国の元慰安婦に日本政府を訴えるように呼び掛けたそうです。
ところが週刊新潮1996年5月29日号で『本に真実を書いても何の利益もない』『人間狩を行った場所がどこであるかについては創作を交えた』と、闇金の相談本人がフィクションだと認めています。 嘘で作り話だったと。
1989年、平成元年8月14日付の済州新聞は、許栄善記者が現地取材をした結果『本に記述されている、城山浦の貝ボタン工場で15人を強制徴用 したり、法環里などあちこちの村で行われた慰安婦狩りの話を裏付け証言する人はいない。

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